個の才能を見出し、活かす。
ファーマの安定性とバイオテックの機動性を併せ持つ
ユニークな組織で新たな創薬を実現
近年注目を集める「標的タンパク質分解誘導剤」。細胞内で不要なタンパク質を分解するメカニズムを利用して作用し、今まで「アンドラッカブル(創薬の対象とすることが不可能)」と言われてきた標的にアプローチできるモダリティとして、世界中で複数の臨床試験が行われ始めています。
この新しい可能性を秘めた創薬を担うのが、アステラス製薬のエンジニアードスモールモレキュールズ(以下ESM)チームです。アジャイル型の研究開発をかつてないスピードで推し進める同組織の特徴や、困難なチャレンジに向き合い続ける原動力について伺いました。
エンジニアードスモールモレキュールズ(ESM) ※インタビュー当時
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早川 昌彦 1994年入社。メディシナルケミストとして低分子創薬を担当し、複数の上市品、臨床開発品の創出に貢献。2019年よりバーチャルベンチャーユニット(以下VVU)長として、次世代低分子創薬を担当。2022年プロテインデグレーダー部門長、2024年4月よりESM長を担当。
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佐藤 千香子 2016年入社。薬理研究者として複数の部署を経験後、早川氏のVVU発足時に入社4年目で参加しそのままESMで薬理担当者として活躍。VVU異動後2度出産のため休業。産前・産後にかわらずテーマを複数担当している。
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森川 貴裕 2017年入社。メディシナルケミストとして新規医薬品の候補化合物の設計および最適化に携わり、入社3年目で早川氏のVVUに参加し現在にいたる。特にがん治療薬の研究に注力し、近年では標的タンパク質誘導剤の創出や、標的タンパク質誘導剤を応用したDACのモダリティ研究にも挑戦。研究テーマをリードする役割を担う。
「エンジニアードスモールモレキュールズ(ESM)」とは、どのような部門なのでしょうか?
早川 アステラスでは低分子医薬品、抗体医薬品、細胞治療薬、遺伝子治療薬という4つの創薬技術軸があり、このうちの「低分子医薬品」と呼ばれる分野です。特に注力している研究開発領域である「Primary Focus」の一つである標的タンパク質分解誘導を基軸に、類似する技術を含めた創薬を担当。現在では日本、アメリカ、イギリスの3拠点に拡大し、次世代の低分子創薬研究を推進しています。
もともとは「バーチャルベンチャーユニット(以下VVU)」というプロジェクトが発端となった組織だそうですね。
早川 はい。VVUはかつてないユニークな取り組みです。発足した2019年当時、バイオテック企業から多くのくすりやその種が出てくるなか、アステラスを含めたファーマは、スピードで太刀打ちできなくなっていたのです。その打開策として、機動的な組織をつくろうとしたのがVVU。メンバーは最大20名、手挙げをベースに参加者を募り、所属組織から出向のような形をとっていました。
佐藤さんと森川さんは、なぜ早川さんのVVUに参加されたのでしょうか?
佐藤 私は入社当時から、薬理担当※として研究に携わっていました。所属していた部署で取り組んでいたテーマを早川さんのVVUで引き継ぐことになったので、継続して担当したいと思い手を挙げました。また入社4年目の若手でも、テーマリーダーを任せてもらえることは決め手の一つでした。
早川 そのときのテーマは国立がん研究センターとの共同研究でしたよね。がんの因子を特定するための挑戦的な研究でしたが、月次のミーティングでしっかりと発表されていたのが印象的でした。それまで佐藤さんと直接一緒に仕事をしたことはありませんでしたが、若いけれど推進力のある方だと感じ、私のVVUに参加してもらいました。
森川
私は専門が有機合成化学とがん研究だったので、最も相性がよいという点で早川さんのVVUへの参加を希望しました。また入社以来早川さんのもとでケミスト※としての経験を積むなか、リーダーとしての姿に惹かれたのも大きな理由です。現場への権限移譲を積極的に行い、メンバーを信頼し、大切にしてくださる姿勢を感じていました。
あとは、「とにかく合成力が高い人を集めたい」と仰っていたんですよね。
「合成力が高い」とは……?
森川 おそらく意味が2つあって、1つは複雑な構造の化合物をイノベーティブにつくれる「創造力」があること、もう1つは見た人がわくわくするような分子を考え出せる「想像力」があることですね。入社3年目で常識にとらわれず自由な発想ができる時期だったので、その力も活かせるのではと思いました。
早川 森川さんの発想には光るものがありました。入社2か月目のあるミーティングで、膀胱を弛緩させて体積を上げる効果を持つ既存の化合物に対して、筋肉を弛緩させられるなら老眼にも効くのでは?と森川さんが提案したんです。その目の付け所には驚きました!ほかのVVUのヘッドの中で私だけが唯一化学系の人間だったので、優秀なケミストを見極めるという点では特にアドバンテージがあったかもしれません。
※薬理担当候補化合物の薬効薬理試験を中心に行い、化合物の有効性を検証する職種。 ※ケミストメディシナルケミスト(創薬化学者)。創薬テーマの立案から開発候補化合物の特定、化合物のデザイン・合成などを担当する。
メンバー選びの決め手は何だったのでしょうか?
早川 まずは、強みがはっきりしているかどうか。多少弱点があっても、周囲とカバーし合えば強みをさらに伸ばすことができます。もう1つは協調性があるかどうか。ほかの部門も同じですが、創薬は絶対に一人では成しえませんからね。
森川 協調性を発揮するためには、メンバーの目標が一致していることが重要です。VVUでは早川さんをはじめとするリーダーが「患者さんのためにこれをやっていく」「ここが足りていないから解決していこう」といった明確な方向性を示してくれました。
また、通常の組織は同じ職種の集まりですが、ESMや前身となるVVUはさまざまな専門性を持つ人で構成されたチームです。このような環境下では、自分の専門分野以外にも広範な創薬知識を持ち、お互いを尊重しながら協力して仕事をすることが求められてきました。
早川 確かにそれもあって、メンバーの成長スピードが非常に速いと感じます。多様な専門家集団であるがゆえに、個人が任されることも多く、また他者を理解するチャンスも多い。一方、ある意味何でも自分でやらなくてはいけないので、業務量が多くなりがちだという課題もありますね。
アステラスとして、VVU、そしてESM設立は新しいチャレンジなのですね。
早川 そう思います。ファーマの安定性・資本力とバイオテックのイノベーティブな機動性を併せ持つ、全く新しいスタイルの組織ですから。
ある著名なアメリカのバイオテック企業CEOにも立ち上げの際に相談したのですが、「うまくいかないのでは?」という懐疑的な反応でしたね。業界内でも今までにない取り組みだと思います。
そこが新しい発見が生まれる土壌になっているのでしょうか。
早川 その通りです。代表的な事例は、ESMのリードプログラムであるASP3082。このくすりが標的とするKRAS※は重要ながん関連遺伝子変異として知られていますが、アンドラッカブル標的と呼ばれ、過去40年以上対策が見つかっていませんでした。
ASP3082の開発は、発案者である吉成さんというメンバーとの立ち話から始まったんです。彼は才能にあふれた研究員の一人で、まずは任せてみようと自由に動いてもらったことから生まれたアイデアでした。話してくれたASP3082の原型となる分子のかたちがとても美しく、ぐっと心に刺さるものだったんですよね。そこからは私の判断でリソースを投入し研究を進め、周囲のサポートもあってわずか2年という速さで治験許可申請(IND)までたどり着きました。通常なら6~7年はかかるところですから、1/3以下です。私が知る限り、世界最速なのではないかと思います。
前代未聞のスピードだったのですね。
佐藤 もともと別の部署で長く推し進めていた KRAS阻害剤の研究と標的タンパク質分解誘導化合物の研究が一つの部署になったことが大きく寄与しています。 ファーマとしての下積みがあったからこそ結実した事例でした。
早川 吉成さんが発見したASP3082はG12DというKRASを標的にしていますが、森川さんは次にG12Vをターゲットとする化合物を発見しました。こちらも難攻不落といわれていた疾患に関連するタンパク質であり、若い才能が次々に開花するのを目の当たりにしています。
通常の階層的な組織ですと、アイデアを実行に移すために多くの承認を取らなくてはなりません。しかし15人ほどの小規模な組織であり、所属長である私のGOサインだけですぐ実行に移せたからこそ、この画期的なイノベーションを短期間で実現できたのだと思います。
※KRASRASがん遺伝子のうちの1つで、ヒトがんにおいて最も高頻度にみられる。KRAS遺伝子変異は欧米の肺腺がんの約30%、日本の肺腺がんの約10%で見つかる。
標的タンパク質誘導剤の作用機序
活性部位への結合や構造変化などにより、機能制御が可能
低分子化合物による阻害に適した活性結合部位(深いポケット)を有しているのは、疾患関連タンパク質の約20%である
明確な活性部位がないなどの要因により、結合するだけでは十分に機能制御できないため、薬のターゲットになりにくいと考えられている
残りの約80%は、結合ポケットが浅く、undruggableとされている
タンパク質分解誘導剤は、標的タンパク質バインダー、E3リガーゼバインダー、および両者を繋ぐリンカーから構成されている
ユビキチン化プロセスを触媒するため、標的タンパク質への強力な結合親和性を必要としない
森川さんと佐藤さんは、現在ESMでどのような業務を担当していますか?
森川 VVUから引き続き、KRAS関連のテーマリーダーを務めています。これまで得られた標的タンパク質誘導剤を抗体のモダリティと組み合わせて応用できないかという検討を始めており、加えて最近では患者さんの利便性が高い経口薬にするための検証も進めています。この数年は研究の現場でドラスティックな変化が起こっており、1年前は机上の空論だったことが現実になっている状態です。たとえば標的タンパク質誘導剤を抗体に付けることは今や技術的にも、薬理評価的にも可能になり、有用性を証明できるケイパビリティや個々の研究者のスキルも上がっています。時代の大きな変わり目にいることを日々実感しています。
佐藤 現在はKRASデグレーダーのテーマを担当しつつ、KRAS以外を標的分子としたテーマのリーダーを兼務しています。複数のテーマを担当すると競合となる他社の化合物も全く異なりますので、ふり幅が大きく、学ぶべきことは膨大です。しかし多くの論文を閲覧できるシステムや、臨床入りしている他社製品の情報が見られるデータベースなどが整っていますので、キャッチアップはしやすい環境です。
これまで産休・育休を2回取得していますが、周囲のサポートも得つつスムーズに復帰できています。もちろん不安もありましたが、引き続きテーマリーダーという責任ある立場を任されていることにやりがいを感じています。
早川さんがマネジメントの面で注力されていることはありますか?
早川 まず1つめは、個の才能に着目すること。先述のとおり、メンバーの自主的な手上げをベースにしながら、個々の強みに着目することにより、世界をリードする才能が集まりました。
2つめは、フラットな組織で才能を活かすこと。研究活動の妨げになりかねないミーティングや報告書は思い切って廃止。また自由に発言できる心理的安全性を確保するため、ミーティングは所属組織メンバー以外参加できないようにしました。思い付きのアイデアを発信するのは、勇気がいりますからね。そして大きな方向性は示しつつ、個々のメンバーが自由にアイデアを広げられるよう、積極的に権限を委譲しています。それぞれのメンバーがお互いの個性を受け入れ、誰が言うかにかかわらず良い意見を採用しようという風土が根付いていることも、活発な議論が生まれる土台になっています。
3つめにヘッドとして重要なのは、研究活動をなるべくわかりやすく研究外組織に伝えようと努めることです。新しい組織であるだけに、その価値を理解してもらうのは容易ではありません。特に研究部門とそれ以外の大きな違いとして、1つの仕事に対しての成功率が高くないという特徴があります。不確定な標的を見つけることから始まる研究もあり、10の研究活動のうち目標を達成できるのは1つ程度。ビジネスの世界だと「ならば確度の高い1個にリソースを集中した方がいいのでは」と考えがちですが、研究ではそううまくはいきません。戦略的視点で合理性を失わないようにしながら、イノベーションの種もつまないよう、持っているポテンシャルや将来的な価値を経営陣やステークホルダーにきちんと伝えていく必要があります。
佐藤 早川さんは社歴に関係なく、適任だと判断すればリーダーを任せ、意思を尊重してくださいます。その姿勢は組織全体に浸透しており、誰もが良い意見は受け入れ、相手に敬意をもって接していると感じます。
森川 ESMは役職や年次にかかわらず自由に意見を交換できる環境です。たとえば、ある議論から新しいアプローチで化合物をスクリーニングするアイデアが生まれ、他部署のサポートも得ながらチームで実現。結果的に今まで以上に有望な結果を得ることができました。このように変化を受け入れ、新しい発想を得ることは実際に成果につながっています。
私もテーマリーダーとして年次が上のメンバーも率いていますが、組織がフラットなのでコミュニケーションがスムーズです。また役割を任命した上長が率先して道を作ってくださる姿は、組織全体を支える大きな信頼感につながり、ロールモデルとしても大きな学びになっています。
ESMならではの難しさを感じることはありますか?
森川 今までにないスピードでアジャイル的に研究が進んでいくため、結果が出る前にAかBかの選択を迫られる場面があります。どのようなリスクがあるのか考慮し、選択を間違えた場合に備えリカバリーのシナリオを用意するなど、いかに勇気を持って決断できるかは大きなチャレンジです。ときには、チーム内で意見が合わないことも。専門性や立場によって重視するポイントが異なるのは当然ですから、安全性をより重視したり、さらに効果を高めたりするにはどうするかなど、さまざまな視点から総合的に見て最良の選択肢を選んでいます。
佐藤 確かに、スピードは他の部署に比べて圧倒的に速いと思います。「このテーマを止めて一度こちらに集中する」など、選択と集中の切り替えも早いですね。違うテーマから入ってきても、機動力高く動ける人が多いのはESMならではだと思います。
森川 ビジネス上の困難もありますが、一番難しさを感じるのは研究テーマそのもの。標的タンパク質分解誘導剤というモダリティに携わること、アンドラッカブル標的を狙うこと自体がハイレベルな挑戦ですから。くすりをつくることではなく「患者さんの病気を治す」ことを最終的なゴールと捉えているため、常にイノベーティブな思考が求められます。ビジネス上の問題はリーダーが環境を整えてくれているので、現場のメンバーは本来力を尽くすべき思考に集中できるのがありがたいですね。
今後力を入れていきたいことなど、展望をお聞かせください。
佐藤 ESMではKRASの標的タンパク質分解誘導化合物しかまだINDできていないので、担当しているそれ以外のテーマでも技術を応用していきたいです。
森川 日本、アメリカ、イギリスの3拠点になったので、それぞれの多様性をうまく持ち寄り、ESMの創薬研究をさらに発展させていきたいです。『One ESM』として、世界中の人々から期待されるくすりを創出し続け、多くの分野で医療貢献を果たしたいですね。
またESMは現在でもかなりレベルの高いアジャイル組織ですが、さらにもう一段の進化に期待しています。今は「これがやりたい」をベースに進んでいきますが、より個人の裁量と能力が高ければ「これをやってみました」まで行けるのでは。イノベーションは手数ですから、もっと多くのアイデアを試せるようになるのが、次に目指すところです。
早川 素晴らしいですね。マネジメントサイドとしても、ぜひ実現していきたいです。今は拡大した組織を効率的に運営することに注力していますが、次は人材育成。現状、標的タンパク質分解誘導剤にかかわる知識や技術については圧倒的に日本が強い一方、アピール力・発信力はアメリカ・イギリスの研究員に強みがあります。各拠点での軸になる存在として、活躍できる人材を増やしていきたいですね。
最後に、みなさんの仕事に対する原動力を教えてください。
早川 患者さんやそのご家族から「成功を祈っています」という言葉をいただくことが、何よりの原動力になっています。くすりが一時効いても数か月でがんが適応してしまうケースもありますので、それを覆す研究活動も進めているところです。
またメンバーの成長を見るのも嬉しいですね。次世代を支える立派な人材になってほしいという目線で見守っています。
森川 「患者さんのため」という気持ちはもちろんですが、やはり根源的にあるのは「楽しさ」でしょうか。この組織で、このメンバーで、この研究に対して力を尽くせること。日曜日に翌日が待ち遠しくなるような楽しさが、ESMにはあふれています。
佐藤 新しいことに挑戦した結果、効果が見られるのは喜びを感じる瞬間です。のびのびと仕事に打ち込める環境で、新しい発見をしていきたいですね。